「会社に尽くすことが美徳」という呪縛を越えて ──プロティアンキャリアで自由になる

「会社に尽くすのが社会人としての正解」

「定年まで勤め上げてこそ立派な人生」

──そんな言葉を、どれだけ聞いてきただろうか。

私も、かつてはそう信じていた。
いや、そう信じることで、自分を保っていたのかもしれない。

だが、50代になった今、はっきりと言える。
あれは“呪縛”だった、と。

そして、そこから解放してくれたのが、プロティアンキャリアという考え方だった。

20代、30代──会社のために働くことが、人生のすべてだった。

毎朝、誰よりも早く出社し、誰よりも遅くまで働いた。

成果も出した。
昇進もした。
表彰もされた。

「この会社の中で認められること」
「この会社の中で上に行くこと」

それが、自分の価値だと思っていた。

だからこそ、左遷されたとき、自分の存在そのものが否定されたような気がした。

「会社の期待に応え続けてきたのに、なぜ」

理不尽への怒り、悲しみ、そして空しさ。

このとき初めて、「組織に依存したキャリアは脆い」と思い知った。

悔しさと迷いの中、私は副業を始めた。

最初はお金のためだった。でもやがて気づいた。

「自分の名前で動く仕事には、喜びがある」

人と直接つながり、感謝され、必要とされる。
その実感が、心を満たしてくれた。

そんなときに出会ったのが、プロティアンキャリアという考え方だった。

プロティアンキャリア──

それは、変化に応じて、自分でキャリアを描き変えるという生き方。

まさに、自分が歩いていた道と重なった。

「会社の外でも、自分には価値がある」

そう思えるようになったことが、何よりの転機だった。

「会社のために」から、「自分のために」へ。

この価値観の転換には、時間がかかった。

でも今は、自信を持って言える。

自分でキャリアを選ぶという自由が、人生を豊かにするのだと。

もちろん、会社で働くことを否定するつもりはない。

ただ、それが「すべて」だと思ってしまう生き方には、危うさがある。

キャリアは、自分で創れる。

そう思えることが、どれほど心を強くするか──

今、私は50代で新しい挑戦をしている。

副業も、本業も、家族との時間も、自分で選んで動けるようになった。

あの頃の私が信じていた“美徳”は、今では“呪縛”だったと笑える。

そして、これからを生きるあなたに伝えたい。

「誰のために働くのか」

その答えを、“会社”以外に持てたとき、あなたのキャリアは自由になる。

プロティアンキャリアとは、組織から自由になり、自分に戻るための生き方だ。

最後まで読んでいただき感謝です。